[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]・・・[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]・・・[/char]
[char no=”3″ char=”カパりん”]・・・[/char]
[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]きたね[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]きたよ[/char]
[char no=”3″ char=”カパりん”]きたわね[/char]
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]来たぞ…[/char]
[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]![/char]

[char no=”4″ char=”プルシャ様”]ワシが永遠の観察者・プルシャ(puruṣa)じゃ‥[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]プ…[/char]
[char no=”3″ char=”カパりん”]プルシャ様…!![/char]
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]すべては私から生まれ、私に還る…[/char]
[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]プルシャ様…別名「純粋意識」「普遍意識」[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]私たちをはじめ森羅万象すべての活動はプルシャ様の意思…[/char]
[char no=”3″ char=”カパりん”]でも、本人(猫)は何もしないニートみたいなもんなんだけどねー♡[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”](あー、また身も蓋もないことを…(・ω・;))[/char]
[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]アーユルヴェーダや、この世界について知るためには、まずプルシャ様の存在を知らないとね[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]ついに…今回のテーマは「プルシャ(puruṣa・純粋意識)」![/char]
[char no=”3″ char=”カパりん”]すごく深いテーマだから手を出すのがオソロシイわー[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]うん、1日で理解するにはちょっと無理があるよね[/char]
[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]そうそう。
宗派によって色んな捉え方もされているしねー。
だから今回は、にゃーゆるヴェーダ的解釈を「なーんとなく、そんなもんかー」って紹介できたらいいなって考えているんだ♪
ついてきてねーー!![/char]
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]…「なーんとなく、そんなもんかー」で済まされるワシ。。[/char]
プルシャ(purusa)の定義
プルシャ…それは「永遠の観察者」。
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]見るために生まれ
見るを勤めとし
塔の守りをしておれば
この世はまことにおもしろい。
BY.ゲーテ[/char]
プルシャは動きません。
プルシャは動けません。
見るものであり、知るものである
プルシャ(純粋意識・宇宙意識)は
時間や空間といった枠にとらわれない
永遠で普遍的な存在です。
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]至福やバランス、可能性などの27の質を持っているのじゃ[/char]
ちなみに最初に
プルシャ(puruṣa)が登場したのは
インドの最古の文献「リグ・ヴェーダ」。
「リグ・ヴェーダ」のプルシャは
サーンキヤ哲学のそれととは、
ちょっと違って、千個の頭に千個の目、
千本の手足を持つ巨人です。
[char no=”3″ char=”カパりん”]ずいぶんちがうわねー。。[/char]
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]こちらのプルシャは「宇宙の卵」から生まれたとされ、その身体から月や太陽、風や天界、さらに過去や未来といった時間まで生み出す力を持っておるのじゃ。[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]まさしく万物の神…。
インド神話の創造神・ブラフマーと一緒とされることもあるんだってさ。[/char]
サーンキヤ学派などインド哲学に触れると
現在の最新量子物理学で語られる
統一場理論や超ひも理論といったものに
通じるものを強く感じます。

ここでも感じたことですが
量子となるひもの源とされる
ゼロポイントフィールドはじめ
サムシンググレート、ワンネス、
アカシックレコード…、
そして様々な宗教における「神」も
根っこは同じなのかもしれません。
(ちなみにアカシックレコードの
「アカシック」はサンスクリット語の
「アカーシャ(空)」が由来!)
[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]医療も含めて「魂」を避けては語れない時代が来ている感じがするよね~[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]科学の名のもとで細かく切り離してきたものが結果的に繋がっていくという…[/char]
[char no=”3″ char=”カパりん”]ドラマチックね♡
ルネサ~~ンスッ!![/char]
理論やエビデンスで構築される物理学…
その深淵なエッセンスをストーリー的に
人々に分かりやすく紹介しているのが
「ヨーガ・スートラ」を始めとする
サーンキヤ哲学、そして
キリスト教などといった宗教や思想かも
…そう思うと世界はどっちから見ても
面白いものに見えてきます。
この世界も、この身体も、プルシャのために存在する!?
動いたり働きかけたりはなくとも
全ての活動や進化の源となっているのが、
プルシャ(純粋意識)の「観る力」。
その「観る」という意図をきっかけに、
あらゆる「創造」を担うのが
非精神的な物質原理である
プラクリティ(prakṛti)です。
がんばるにゃん!

この2つのせめぎあいによって
「私」が、そしてこの世界が作られている
…それがサーンキヤ哲学的世界観。
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]すべてはワシが観る(ダルシャナ)ためじゃ[/char]
そう、なにもできないプルシャに
[char no=”4″ char=”プルシャ様”](ガーーーーン!)[/char]
「経験」を与えるため
「私」は肉体(行動器官)や
五感(感覚器官)を持って生まれてきたと
アーユルヴェーダではされています。
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]「私」という存在…それは
大きな「光」から個別化された
「心」と「身体」を持った「有機的因果交流電灯」…[/char]

[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]「春と修羅」だね~[/char]
そして量子力学の観測問題にも通じる
「観る者(観測者)あってのこの世界」。
…プルシャの視点からとらえた世界は
「私」という人間に与えられた
「経験」のための大きな遊園地
なのかもしれません。
プルシャ様はいずこに!?日常における純粋意識の在りか
そんなすべての可能性を秘めた
大いなる存在‥純粋意識・プルシャ。
だけど普段その存在を感じることは
ほぼありません…どうしてでしょうか?
それは…心の活動に同化しているから。
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]同化してるなんて、どうかしてる…[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]・・・・・[/char]
あれがしたい、これが欲しい、
嬉しい、楽しい、苛立つ、腹が立つ…
生きていると毎日色んな思い(雑念)が
心に泡のように浮かんでは消えます。

プルシャは、その経験を体験する中で、
「観察者」としての自覚を失い、
それを体験している「心」と同化してしまいます。
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]どうかしてる…[/char]
[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]しつこいっ!![/char]
映画館で映画を見ながら、
登場人物に完全になりきってしまう
イメージですね。
欲望・執着、不安や憎悪といった
いっときの感情にとらわれ、
目先のことだけに心を奪われ、
自分を見失ったまま走り続けると、
本来、自分の命がしたかった生き方とは
大きく外れた人生を送ってしまい、
最期に大きな後悔が残ってしまいます。

これは実際の医療の現場でも
よく見かけること。
この本を読むと、いかに自分が
些細なことに日々振り回されているか
感じさせてくれます。

出典:Amazon
ヨガや瞑想(マインドフルネス)の目的はプルシャ(純粋意識)との繋がりを取り戻すこと
そんなことにならないように、と
人生に対する羅針盤、
命のトリセツとして存在するものこそ
アーユルヴェーダ!

アーユルヴェーダでは
自分自身の命を最大限活かした
人生を全うするために
自分の意識を純粋意識・宇宙意識
…すなわちプルシャとつながることの
大切さを唱えています。
そのツールとしてあるのが
ヨガや瞑想(マインドフルネス)。

仏教の内観や座禅も同じで
全ては本来の自分と繋がる
大切な手段であり、
自分との会話の時間なのです。
[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]便利な世の中になったけど、なんか物足りない感じがするのはそのせいかも…[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]情報も処理できないくらい多くなると、身体に害を与えるアーマになるしね[/char]
[char no=”3″ char=”カパりん”]気付かないうちに「誰かの都合のためだけの人生」や「他者の人生」を送ってしまっているかも…あなたは大丈夫?[/char]
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]心の底から表れる自分自身の本当の想いは、五感と心の動きを超えたところにあるのじゃ。
「心」の動きが完全に静まった時、ワシはワシ自身の本当の姿…すなわち「観察者」としての姿を取り戻すとされておる。
「心」の動きの完全な静止状態…それこそが「ヨーガ」なのじゃ(ヨーガ・スートラ第1章2-3)[/char]
プルシャの「観察者」としての
本来の姿…それは
「観るもの」であり
「観られるもの」であり、
「観ることそのもの」です。
そして、それは、
「世界の全てを識るもの」です。
本当の自分がなりたい姿、
本当の自分だけの幸せ…
そういったものに気付いて
この命を心から楽しみ、全うするために
本来、アーユルヴェーダの智慧や
ヨガ、瞑想(マインドフルネス)などは
存在するものなのです。
[char no=”3″ char=”カパりん”]今、注目を浴びているシュタイナー教育も通じるものがあるわね[/char]
[char no=”2″ char=”ヴァータさん”]「頭」も大切だけど「心」の教育も大切だよねー[/char]
[char no=”1″ char=”ピッタちゃん”]お金だけでは得られない本当の満足感‥これからの生きていく子どもたちが、ちゃんと自分と繋がって生きていけるといいね~[/char]
まとめ
アーユルヴェーダ・サーンキヤ哲学の
根本原理にある、全てを繋ぐ存在
プルシャ(純粋意識・普遍意識)。
色んな宗教観や思想があるので
正しいかどうかの判断は
ここではしないとして…。
なにか大きなものに生かされている
…そう考えて生きる時、
人はとても豊かで実りある人生を
送ることができるのではないでしょうか?
テレビやネットを開いてみると
そこに広がる煌びやかで魅力的な世界…
だけど、本当に満ち足りた自分だけの世界は
自分自身の心の中にあるのかも…!?
たまには世間の情報から少し距離をおいて
自分の心の中にダイブしてみませんか?
自分自身の中にある大きな力に
気付くことが出来るかもしれません。
[char no=”4″ char=”プルシャ様”]汝のアクセスを待っておるぞ…[/char]






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